皆様、こんにちは。愛知県名古屋市に暮らしております、芝原大樹と申します。私は現在40歳。かつては15年間、ホテルマンとしてお客様一人ひとりに最高の「おもてなし」を届けることに全身全霊を傾けてまいりました。しかし、誰もが予想しえなかったコロナ禍という波が押し寄せ、志半ばで愛着のあるホテルを離れることになったのです。失意の淵に沈みかけましたが、在宅での再起を決意し、今ではメールオペレーターやデータ入力といったPCワークを中心に、月に35万円ほどを稼がせていただきながら、家族との何気ない時間を大切にする日々を送っております。🏨
在宅での仕事は、時間の融通が利きますし、通勤で疲弊することもないなど、本当に多くの恩恵がありますよね。特に、小さいお子さんを育てているお母様方や、ご家族の介護と向き合っていらっしゃる女性の皆様にとりましては、在宅でのPCワークは、これ以上ないほど魅力的な働き方の一つだと感じています。実際、いつもpcwork.jpをご覧になっていらっしゃる方々の中にも、在宅で安定した収入を目指し、新しい一歩を踏み出そうとされている方が、きっと少なくないはずだと私は思っているのです。🌙
ですが、その一方で、在宅ワークを始めたことが原因で、ご家族との関係が思わぬ形でギクシャクしてしまう、という悩みを抱えていらっしゃる方がいるのもまた、悲しい現実だと感じています。特に、私自身の苦い経験も踏まえて振り返りますと、女性の皆様が陥りやすい、いくつかの落とし穴があるように思えてなりません。本日は、在宅での仕事がご家族の関係にどのような影響を与えうるのか、そしてそれをどのように乗り越えていくべきかについて、皆様に私の正直な気持ちをお話しさせていただければと存じます。
在宅での仕事は、決して「気楽な仕事」などではありません。むしろ、仕事とプライベートの境界線があいまいになりやすく、自分を律する強い意識が求められるものです。私の妻も、当初は私が自宅でパソコンに向かっている姿を見て、「家にいるなら、もっと家事や育児を手伝ってほしい」とこぼすことが度々ありました。正直申しまして、その言葉は胸に刺さりましたね。心苦しい気持ちでいっぱいでした。
例えば、去年の夏のことです。在宅である案件で、急ぎのデータ入力業務が舞い込んできた日のことでした。午前中から私はその作業に集中し、気づけばお昼の時間をはるかに過ぎていたのです。妻が「ご飯にする?」と声をかけてくれても、焦る気持ちから、ろくに返事もできない状態でした。結局、夕食の準備を手伝う時間もほとんど取れず、幼い子供の寝かしつけも妻に任せきりになってしまいました。あの日の夕食の食卓には、何か重たい空気が漂っていたのを、今でも鮮明に覚えております。私自身も元ホテルマンとして、お客様への対応にはプロフェッショナルとしての誇りを持っておりましたが、まさか、最も大切にすべき家族に対して、ここまで不器用になってしまうとは、正直なところショックでしたね。当時の私の月収はまだ25万円程度でしたが、早く在宅での仕事も軌道に乗せたいという焦りも、私の中に強くありましたから。
また、在宅で仕事を始めたばかりの2021年の春先などは、特にそうでした。名古屋市内の私の自宅で、かつてホテルの宴会場で培ったきめ細やかな気配りを、残念ながら家族に対して実践できていなかった。妻から「一体、何をやっているの? 家にいるのに、なぜ手伝ってくれないんだ」と、ストレートな言葉を投げかけられたことも一度や二度ではありません。私自身も、リビングの一角で黙々とパソコンに向かっている私の姿が、どうしても「遊んでいる」ように見えてしまうのではないかと、常に心配しておりました。ホテル勤務時代は、朝早くから夜遅くまで現場で働いていましたから、家族も私の仕事ぶりを理解してくれていたはずなのです。しかし、家の中で完結する在宅の仕事は、その内容が家族から見えにくく、なかなか理解を得るのが難しい側面があることを、私はこの時痛感いたしました。具体的に、月にいくら稼ぐ目標で、どんな作業に取り組んでいるのかを、もっと丁寧に伝えるべきだったと、深く反省しています。
一体、なぜ在宅での仕事が、ご家族との関係に波風を立ててしまうことがあるのでしょうか。特に女性の皆様が陥りやすい状況を、私の経験も交えてお話しさせてください。
まず挙げられるのは、仕事とプライベートの時間の境界線が曖昧になってしまう、という点です。自宅にいるため、どうしても仕事モードと家事・育児、そして自分自身の時間の切り替えが非常に難しくなりがちです。家族の方々も「いつも家にいるんだから」と、何かと頼りがちになるものですよね。急な呼びかけに応じざるを得なかったり、あるいは家事の合間に少しでも仕事を進めようとして、結局どちらも中途半端に終わってしまうというケースは少なくありません。私自身も、妻から「ちょっとこれお願い」と話しかけられるたび、作業の手を止めるかどうか、一瞬迷ってしまう自分がいました。


